自然界や生体内に存在する微量の金属イオンおよび無機イオン、さらには有機分子を感度良く簡便に検出・定量する技術が求められています。特に、蛍光シグナルの変化(@蛍光強度の増大、A蛍光強度の減少、B蛍光波長の移動など)を用いて標的イオンや標的分子を検出する方法は、高い感度および標的分子特異性などの点から注目されています。私の研究室では、含窒素複素族化合物であるキノリンの特性を活用した蛍光センサーについて研究を行っています。これまで、亜鉛イオン、カドミウムイオン、リン酸およびピロリン酸などを特異的に検出できるさまざまな化合物を開発しました。その中で、蛍光センサー分子の一部の構造を少し変化させるだけで標的金属イオンが亜鉛イオンからカドミウムイオンへ劇的に変化する例もいくつか報告しています。また、それぞれの系について、蛍光応答特異性発現のメカニズムをX線結晶構造解析および理論計算から明らかにしました。
これまで、できるだけ単純な構造を有する化合物の探索から研究をスタートさせることを重要視してきました。シンプルな構造をもつ化合物は、安価な原料から簡便な合成法で調達でき、また容易に多くの誘導体へ進化・発展させることが可能である点で優位性があります。以下に最近の研究例を2例紹介します。
1. 八座配位子を用いたカドミウムイオン蛍光センサーの開発(Dalton Trans., 3840-3852 (2019)) 三つのメトキシ(CH3O-)基を導入したキノリン部位を四つ有し、さらに分子の中心に窒素原子と酸素原子をそれぞれ二つずつ導入した八座配位子であるTriMeOBAPTQという化合物は、メタノールとHEPESバッファー(9:1)の混合溶媒中でカドミウムイオンに特異的な蛍光応答を示しました。
2. 一つの不斉炭素の立体配置の反転による蛍光標的金属の変換(Inorg.Chem., in press (2020)) 1,2-ジフェニルエチレンジアミン骨格を有する6-MeOTQPh2EN という化合物には、分子中に存在する二つの不斉炭素原子の立体配置により、(R,R)-体、(S,S)-体、メソ体の3種類の化合物が存在します。(R,R)-体と(S,S)-体は鏡像関係にあり不斉要素以外の特性は全く同じですので、本研究では(S,S)-体とメソ体を合成して金属イオンに対する蛍光応答を調べました。その結果、(S,S)-体は亜鉛イオン、メソ体はカドミウムイオン特異的な蛍光センサーとなっていることが明らかとなりました。